横浜地方裁判所 平成8年(ワ)1783号 判決 2000年1月12日
甲事件原告、乙事件被告 橋本一志
<他6名>
右七名訴訟代理人弁護士 森卓爾
右訴訟復代理人弁護士 中村宏
甲事件被告、乙事件原告 有限会社 小島商事
右代表者代表取締役 小島真一
<他2名>
右三名訴訟代理人弁護士 堀内稔久
乙事件被告 有限会社 平和住建
右代表者代表取締役 平本喜一郎
<他1名>
右両名訴訟代理人弁護士 長谷川武雄
主文
一 甲事件被告小島真一、同真田通孝及び同小島商事は、連帯して、同事件原告橋本一志に対し六〇四万九九九七円、同橋本志麻に対し七九万二五〇六円、同橋本登美江に対し一七七万二〇九五円、同橋本一生に対し二七四万四九九七円、同橋本美智子に対し一五七万二二〇〇円、同橋本出に対し一三八万九五〇〇円、同一星電子株式会社に対し一〇三〇万六九三〇円及びこれらに対する平成七年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 甲事件原告らのその余の請求を棄却する。
三 乙事件原告らの請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、甲事件について生じた部分は甲事件被告らの負担とし、乙事件について生じた部分は乙事件原告らの負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
1 甲事件被告兼乙事件原告有限会社小島商事(以下「被告小島商事」という。)、甲事件被告兼乙事件原告小島真一(以下「被告小島」という。)及び甲事件被告真田通孝(以下「被告真田」という。)は、連帯して、甲事件原告兼乙事件被告橋本一志(以下「原告一志」という。)に対し一六三二万八〇〇〇円、甲事件原告橋本志麻(以下「原告志麻」という。)に対し一九七万五〇二〇円、甲事件原告橋本登美江(以下「原告登美江」という。)に対し八五六万三〇〇〇円、甲事件原告橋本一生(以下「原告一生」という。)に対し八九七万八〇〇〇円、甲事件原告橋本美智子(以下「原告美智子」という。)に対し四五七万四〇〇〇円、甲事件原告橋本出(以下「原告出」という。)に対し三九六万五〇〇〇円、甲事件原告兼乙事件被告一星電子株式会社(以下「原告一星電子」という。)に対し一九二七万二三九〇円及びこれらに対する平成七年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は甲事件被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 乙事件
1 原告一志、原告一星電子、乙事件被告有限会社平和住建(以下「被告平和住建」という。)及び乙事件被告平本喜一郎(以下「被告平本」という。)は、連帯して、被告小島商事に対し五二六万円、被告小島に対し三〇〇万円及びこれらに対する平成七年五月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は乙事件被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、被告真田が、別紙物件目録記載一の建物(以下「本件建物」という。)に付随する塗装ブース「本件ブース」という。)の排気ダクト(以下「本件ダクト」という。)をアセチレンガス切断機を使用して切断していた際、右工事に起因する火災(以下「本件火災事故」という。)が発生して、本件建物並びに本件建物内にあった家財道具及び機械等が焼失したことから、右焼失した物の所有者等である甲事件原告ら(以下「原告ら」という。)が、主位的に、本件火災事故は、現場で作業をしていた被告小島及び被告真田が、アセチレンガス切断機を使用して本件ダクトを切断するに際し、何らの防火措置を採らなかったこと等の重過失により生じたものであるとして、被告小島及び被告真田に対して、失火責任法、民法七〇九条、同法七一九条に基づき、被告小島商事に対して、有限会社法三二条、商法七八条、民法四四条に基づいて、それぞれ損害の賠償を求め、予備的に、原告一星電子が、原告一星電子から右工事を請け負った被告小島商事に、請負契約上の安全配慮義務違反があるとして、被告小島商事に対して、請負契約の債務不履行(同法四一五条)に基づいて、損害の賠償を求めた事案(甲事件)と、被告小島及び被告小島商事が、本件火災事故は、原告ら、被告平本及び被告平和住建が、右工事に際し、本件ブース及び本件ダクト内に引火しやすい塗料等が散在していることを告げなかった等の過失又は債務不履行により生じたものであるとして、主位的に、右解体工事の注文者が原告一星電子、受注者かつ元請人が被告平和住建、下請人が被告小島商事であることを前提に、被告小島が、原告らに対し、民法七〇九条に基づいて、並びに、被告小島商事が、被告平和住建に対し、請負契約の債務不履行に基づき、被告平本及び原告一志に対し、同法七〇九条に基づき、原告一星電子に対し、同法七一六条但書又は七一七条に基づいて、それぞれ損害の賠償を求め、予備的に、注文者が原告一星電子、受注者が被告小島商事であることを前提として、被告小島商事が、原告一星電子に対し、請負契約の債務不履行又は同法七一七条に基づき、被告小島が、原告一星電子に対し、同法七一六条但書又は同法七一七条に基づいて、それぞれ損害の賠償を求めた事案(乙事件)である。
二 争いのない事実等(当該認定事実の末尾に認定証拠等を摘示する。)
1 当事者
(一) 原告ら
(1) 原告一志は原告一生の弟で、原告登美江は原告一志及び原告一生の母親、原告美智子は原告一生の妻、原告出は原告一生及び原告美智子の子、原告志麻は原告一志の子である(《証拠省略》。以下、右六名をまとめて「原告橋本ら」という。)。
(2) 原告一星電子は、通信機械器具部品及び付属品、通信機用蓄電器具の製造販売等を目的とする株式会社であり、本件火災事故当時、プリンター部品の組立を業務として行っていた(《証拠省略》)。また、本件火災事故当時、原告一生は、原告一星電子の代表取締役であり、原告一志及び原告美智子は取締役、原告登美江は監査役であった(《証拠省略》)。
(3) 原告一星電子は、本件建物一階部分及び二階の一部を作業場として使用しており、原告橋本らは、本件建物の二階で暮らしていた(《証拠省略》)。
(二) 被告小島商事及び被告小島
被告小島商事は、土木一般、主として掘削・運搬処理及び常傭を業とする有限会社であり、本件火災事故当時、被告小島は、その代表取締役であった(《証拠省略》)。
(三) 被告真田
被告真田は、本件火災事故当時、真田鉄工の代表者で、アセチレンガスによる切断作業を業とする者であり、ガス溶接作業主任者の資格を有していた(争いのない事実、《証拠省略》)。
(四) 被告平本及び被告平和住建
(1) 被告平本は、宅地建物取引主任の資格を有しており、昭和五五年一月一六日に被告平和住建を設立し、現在までその代表取締役の地位に就いている者である(《証拠省略》)。
(2) 被告平和住建は、被告平本とその妻が全業務を遂行しており、不動産の売買、賃貸の仲介、不動産管理、不動産の売買(建売住宅)を取扱業務としている有限会社である(《証拠省略》)。
2 本件解体工事
(一) 被告小島商事は、別紙物件目録二記載の土地(以下「本件土地」という。)上に存する二階建てのプレハブ建物(以下「本件プレハブ」という。)を解体する工事を請け負った(争いのない事実)。
(二) 被告小島商事は、平成七年五月ころ、本件建物に付随する本件ブース及び本件ダクトの解体工事(以下「本件解体工事」という。)を請け負い、真田鉄工に対し、アセチレンガス切断機により本件ダクトを切断する作業を依頼した(争いのない事実、《証拠省略》)。
3 火災事故の発生
平成七年五月一八日午前九時三〇分ころ、被告真田が、アセチレンガス切断機を使用して、本件ダクトの切断工事を行っていたところ、火花等が本件ブース内の物に引火して火災が発生し、同日、本件建物は焼失した(甲四、争いのない事実)。
三 争点及びこれに対する当事者の主張
本件における争点は、①本件解体工事を原告一星電子から受注したのは誰であるか、②本件火災事故についての責任の所在、③原告ら(甲事件原告ら)並びに被告小島及び被告小島商事(乙事件原告ら)に生じた損害額であるところ、これに対する当事者の主張は以下のとおりである。
1 本件解体工事の原告一星電子から受注したのは誰であるか。
(原告らの主張)
本件解体工事の請負契約は、原告一星電子の代理人である原告一志と、被告小島商事との間で締結されたものであるから、受注者は、被告小島商事である。
(被告小島商事、被告小島及び被告真田の主張)
(一) 本件プレハブの解体工事を請け負った経緯
被告小島商事は、平成七年五月ころ、被告平和住建から本件プレハブの解体工事の依頼を受けたが、元請土木建築業者である有限会社田畑組(以下「田畑組」という。)を通じて発注して欲しい旨を述べ、一度はこれを断った。しかし、被告小島が田畑組にこのことを伝えたところ、田畑組から、本件プレハブの解体工事が小さな解体工事にすぎない上、被告平和住建の頼みなら構うことなく引き受けるよう言われたことから、被告小島商事は、被告平和住建から本件プレハブの解体工事を請け負うことにした。
(二) 本件解体工事を請け負った経緯
被告小島商事は、本件プレハブの解体工事を行っていた際、原告一志から本件解体工事を依頼されたものの、指示ルートを守るため、これを断ったが、その日、解体現場に来た被告平本から、「お金は別に見るからやってくれ」と、別途、本件解体工事を発注された。原告小島は、本件ダクトが高所にあること、他に専門の業者が必要であることなどを理由としてこれを断ったものの、被告平本が執拗に本件解体工事をするよう指示してきたことから、被告小島商事は、仕方なく、この指示に従って、工事代金を出来高払いとして作業することを承諾し、被告平和住建との間で本件解体工事について請負契約を締結したものである。したがって、本件解体工事は、原告一星電子を代理した原告一志が発注者で、被告平和住建が元請、被告小島商事が下請の関係にある。
(被告平和住建及び被告平本の主張)
不動産仲介業者である被告平和住建は、原告登美江から代理権を授与されていた原告一志との間で、原告登美江が所有する横浜市都筑区《番地省略》の土地の売却仲介契約をし、平成七年四月二二日、横山宥治外二名に対して、本件プレハブを売主たる原告登美江が解体収去した上で、右土地を売却するとの契約を締結させた。その際、原告一志から右土地上に存在するプレハブ建物を解体するための業者の紹介を依頼された被告平本は、同年四月下旬、原告一志に、解体業者として被告小島商事の代表者である被告小島を紹介したところ、同日、原告一志と被告小島は、解体工事の内容と費用を確認し、本件プレハブの解体工事請負契約が締結された。そして、右契約についての話し合いが終了した後の帰り際に、原告一志が被告小島に対して、「別棟のブースと排気ダクトも壊してくれないか。」と本件解体工事の追加注文をし、被告小島は、作業に難しい点もあるような話をしていたようであるが、結局、これを請け負ったのであって、本件解体工事を原告一星電子から受注したのは、被告小島商事である。
被告小島及び被告小島商事は、本件解体工事を被告平和住建から発注されたと主張するが、被告平和住建は不動産仲介業者であり、これまでに解体工事を請け負ったことは一度もなく、請け負う能力もない。また、本件ブースや本件ダクトは、被告平和住建が売買の仲介をした物件内に存在するものではないから、被告平和住建や被告平本には、本件解体工事を受注・発注する利害関係が存しない。したがって、被告平和住建は、本件解体工事の請負契約の当事者ではない。
2 本件火災事故についての責任の所在
(原告らの主張)
(一) 主位的請求
(1) 被告真田の責任
被告真田は、アセチレンガス切断機を使用して本件解体工事を行うに当たり、切断場所が本件ブースの真上であって、本件ブース内に吹付塗料が残存しており、アセチレンガス切断機を使用すれば、溶解塊が飛散・落下して、残存塗料に引火する可能性のあることを予見できたのであるから、本件ブースに防災シートを設置する、あるいは、水を散布するなどの方法により本件火災事故を未然に防止するための十分な予防措置を講じて作業するべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と、アセチレンガス切断機を使用して本件ダクトの切断工事を行ったものである。
右のような事情に加え、被告真田が、アセチレンガス切断作業を業とする者であったことを考慮すると、被告真田には失火責任法上の重過失が存すると言わざるを得ない。
(2) 被告小島の責任
被告小島は、被告小島商事の代表者であり、本件解体工事を指揮監督していた者で、被告真田がアセチレンガス切断機を使用して作業を行う際も、現場で作業に立ち会っており、原告一志から、本件ブース内に塗料が残っており、注意してやって欲しい旨の告知を受けてもいたのであるから、被告真田に右作業を行わせるに当たっては、本件ブースに防災シートを設置する、あるいは、水を散布するなどの方法により本件火災事故を未然に防止するための十分な予防措置を講じて作業を行わせるべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と、被告真田をして切断作業に従事させた結果、本件火災事故を発生せしめたものである。
このように、被告小島が、被告真田に本件解体工事の一部を請け負わせて、本件解体工事を監督する立場の者であったことを考慮すると、被告小島には失火責任法上の重過失が存すると言わざるを得ない。
(3) 被告小島商事の責任
本件火災事故によって被った原告らの損害は、被告小島商事の代表取締役たる被告小島が、被告小島商事の職務を行うにつき他人に加えた損害であると言うことができるから、被告小島商事は、有限会社法三二条、商法七八条二項、民法四四条により原告らに賠償する責任を負うものである。
(二) 予備的請求(被告小島商事の債務不履行)
本件解体工事の請負人である被告小島商事は、契約内容を誠実に履行しなければならない義務の他に、右契約に付随して相手方の生命、身体、財産を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っているところ、本件解体工事においても、作業を行う周囲の状況を把握して、アセチレンガス切断機の使用によって生ずる溶解塊により引火するようなものがないかどうかを点検し、火災等が発生しないよう安全を確保すべき義務があると言わざるを得ない。すなわち、切断場所が本件ブースの真上であって、本件ブース内に吹付塗料が残存しており、アセチレンガス切断機を使用すれば、溶解塊が飛散・落下して、残存塗料に引火する可能性のあることを予見できたのであるから、本件ブースに防災シートを設置する、あるいは、水を散布するなどの方法により本件火災事故を未然に防止するための十分な予防措置を講じるべき義務がある。
したがって、このような安全配慮義務を怠り、本件火災事故を発生させた被告小島商事には、請負契約上の債務不履行が認められる。
(被告小島商事、被告小島の主張)
(一) 主位的請求(元請人が被告平和住建、下請人が被告小島商事であることに基づく)
(1) 原告一志の責任
原告一志は、原告一星電子の代理人として本件解体工事契約を締結した際、原告一星電子の取締役として、工業用塗装の取扱業務に長年にわたって従事してきた経営者の一人として、本件ブース内に塗料ミストが残存しないように除去・清掃するという維持管理作業をほとんど行っておらず、かつ、工業用の特殊塗料が付着残存していれば加温又は加熱の影響で爆発することの危険性を熟知予見していたものである。
このため、原告一志は、本件ブースの解体契約に当たって、まず、①事前に原告一星電子において、危険な残存塗料の削ぎ取り作業を施工しておいてから発注すべき注意義務、②解体作業の工法としては、本件ブースを組立用ビス又はボルトを手作業で外すよう指示を行うべき注意義務、③解体作業に当たって、本件ブースが外形的には焼却炉に似ており間違いやすいが、実は塗装ブースであり、火気厳禁であって絶対に加熱又は加温作業を行ってはならないことの危険性情報を周知徹底させるべき注意義務を負っていた。
しかるに、原告一志は、その注意義務を怠った重大な過失があり、被告小島商事及び被告小島に対し、民法七〇九条の損害賠償義務を負担する。
(2) 原告一星電子の責任
原告一星電子は、原告一志を代理人として、本件解体工事の発注を行った者であり、注文するに当たり、発注者として為すべき労働災害防止措置を怠ったという、注文上又は指図上の重大な過失がある。したがって、被告小島商事に対して、民法七一六条但書の損害賠償義務を、被告小島に対して、民法七〇九条の損害賠償義務をそれぞれ負担している。
また、原告一星電子は、危険物である本件ブースを管理する者であり、本件ブースは、機能的・構造的に建物と一体をなすものとして土地工作物に該当することが明らかである。したがって、原告一星電子は、本件ブースの占有者として、民法七一七条により、被告小島商事に対して、工作物責任を負担する。
(3) 被告平本の責任
被告平本は、本件解体工事の対象が塗装ブース及び排気ダクトであることを知っており、本件建物が防火ないし不燃構造でない上、本件場所が危険物の貯蔵ないし処理を行う危険物取扱所であること、本件建物内の各所に引火の危険度の高い石油類の缶等が放置されていること等を知ることができたのであるから、下請けである被告小島商事に本件解体工事を依頼するに際し、その作業に火気を使用することによる危険の有無を事前に調査し、その検討結果を被告小島商事に提供すべきであるにも関わらず、本件解体工事の依頼に際し、被告小島商事にその危険情報を全く提供しなかった。したがって、被告小島商事及び被告小島に対して、民法七〇九条の損害賠償義務を負担する。
(4) 被告平和住建の責任
被告平和住建は、発注者から本件解体工事の危険性について、燃えやすいものがあるため火を使わないで解体するよう指示されたのであれば、たとえこれが抽象的であったとしても、その指示内容を具体的に釈明し、下請業者たる被告小島商事に伝達して周知徹底させ、下請業者を危険から保護し、その安全を配慮する請負契約に付随する法律上の義務があるにもかかわらず、これを尽くさなかったのであるから、被告小島商事に対して、請負契約上の債務不履行責任がある。
右のように、指示内容を被告小島に伝達しなかったことは、危険告知義務違反となり、被告小島に対し、民法七〇九条の損害賠償義務を負担する。
(二) 予備的請求(本件解体工事の請負人が被告小島商事であることに基づく)
(1) 原告一星電子には、下請業者の安全を配慮する請負契約に付随する法律上の義務があるにもかかわらず、これを尽くさなかったのであるから、発注者が請負人に対して負担する安全配慮義務違反が認められ、請負人たる被告小島商事に対して、債務不履行責任を負うものである。
(2) また、原告一星電子は、本件ブースの占有者であり、原告一星電子において、本件ブース施設内部に、塗料の残存カスを付着させていたことは、土地の定着物である本件ブース施設の保存に瑕疵があることに該当するから、被告小島商事及び被告小島に対して、民法七一七条の責任を負うものである。
(3) さらに、原告一星電子は、原告一志を代理人として、本件解体工事の発注を行った者であり、注文するに当たり、発注者として為すべき労働災害防止措置を怠ったという、注文上又は指図上の重大な過失がある。そして、被告小島は、民法七一六条但書でいうところの「第三者」に当たるから、本件解体工事の注文者である原告一星電子は、被告小島に対して、同条の責任を負うものである。
(原告らの主張に対する被告小島商事、被告小島及び被告真田の反論)
原告らは、被告小島及び被告真田が、本件ブース内に吹付塗料が残存していたのであるから、これに引火することを予見し、予防措置を講じるべきであったと主張するが、外見的に見ると、本件ブースは鉄製の箱であり、本件ダクトは排煙用煙突のように見えるから、塗装施設について専門的な特殊の知識経験を有する者において、相当綿密に調査点検しない限り、到底、本件ブースが塗装用ブースで火気使用禁止であることを認識できる形状のものではないし、仮に、残存塗料ミストが付着していることを発見できたとしても、塗装に関する特殊な知識がない限り、右塗料が油性で引火性の危険等級が高い工業用特殊塗料のカスが厚く残存付着していることを発見することはできない。
(被告小島及び被告小島商事の予備的主張に対する原告一志及び原告一星電子の反論)
(一) 債務不履行責任
原告一星電子と被告小島商事とは、注文書と請負人という対等の立場にあること、仕事の内容も解体工事を依頼したものであり、請負人の方が専門業者であること、用具は請負人において用意したものであることなどからすると、原告一星電子には被告小島及び被告小島商事が主張するような安全配慮義務はないと言うべきである。
また、仮に、安全配慮義務を注文者の告知義務の問題であるとしたとしても、原告一星電子の代理人である原告一志は、被告小島商事の代表者である被告小島に対し、「下に塗料が残っているから気をつけてやってください」との注意を与えており、告知義務を尽くしている。
(二) 民法七一七条責任
本件火災事故は、本件ブース施設の保存に瑕疵があったことから発生したものではなく、被告小島商事の下請業者がアセチレンガス切断機を使用したことを原因としたものであるから、主張自体失当である。
また、本件ブースは、本件火災事故発生の三、四年前までで使用を終えており、その後何ら事故等が発生することなく経過してきたのであるから、本件ブースに塗料の残存カスが付着していたことが、保存の瑕疵と言うこともできない。
(三) 民法七一六条但書責任
被告小島は、請負人である被告小島商事の代表者であり、第三者に当たらないから、主張自体失当である。
(被告小島及び被告小島商事の主位的主張に対する被告平和住建及び被告平本の反論)
被告平和住建は、そもそも本件解体工事の請負契約の当事者ではないし、本件ブース内に危険物が存在すること等を知らなかったのであるから、本件火災事故の発生に過失があるとはいえない。
3 原告ら(甲事件原告ら)並びに被告小島及び被告小島商事(乙事件原告ら)に生じた損害額
(原告らの主張)
(一) 本件建物
本件建物は、原告登美江(持分四分の二)、原告一生(持分四分の一)、原告一志(持分四分の一)の共有であるところ、本件火災事故により全焼してしまったが、その価値は七〇〇万円を下回らないので、右各原告らは、右共有持分の割合により損害賠償権を有する。
(1) 原告一志 一七五万〇〇〇〇円
(2) 原告登美江 三五〇万〇〇〇〇円
(3) 原告一生 一七五万〇〇〇〇円
(二) 原告橋本ら三世帯六名の家財道具一式
原告橋本らは、本件建物で生活していたものであり、原告橋本らの生活必需品は全て本件建物内に存在した。原告橋本らは、その生活必需品、家財道具等を全て本件火災事故で失ったのであり、それらは別紙家財道具一覧表に記載したとおりである。
(1) 原告一志(別紙家財道具等一覧表1記載のとおり) 五五七万八〇〇〇円
(2) 原告志麻(別紙家財道具等一覧表2記載のとおり) 九七万五〇二〇円
(3) 原告登美江(別紙家財道具等一覧表3記載のとおり) 三〇六万三〇〇〇円
(4) 原告一生(別紙家財道具等一覧表4記載のとおり) 五二二万八〇〇〇円
(5) 原告美智子(別紙家財道具等一覧表5記載のとおり) 三五七万四〇〇〇円
(6) 原告出(別紙家財道具等一覧表6記載のとおり) 二九六万五〇〇〇円
(三) 原告一星電子所有物並びに株式会社日本通信工業(以下「日通工」という。)及び有限会社友野産業(以下「友野産業」という。)からの賃借機械等
原告一星電子は、本件火災事故により、その所有する機械等を失ったほか、その親会社である日通工や友野産業から借りていた機械等も焼損してしまったことから、日通工や友野産業より、その価格相当額の賠償を求められている。
(1) 原告一星電子の所有機械等(別紙機械等一覧表1記載のとおり) 一二八〇万七八〇〇円
(2) 日通工からの賃借機械(別紙機械等一覧表2記載のとおり) 三五三万二八五三円
(3) 友野産業からの賃借機械及び預かり在庫品(別紙機械等一覧表3記載のとおり) 二九三万一七三七円
以上合計 一九二七万二三九〇円
(四) 本件建物の解体、片づけ費用等 四〇〇万〇〇〇〇円
本件火災事故後の建物の解体、後片づけ、廃材の処分等の費用は、原告らの代表として原告一志が田畑組に依頼して行わせたので、原告一志の損害として請求する。
(五) 慰謝料
原告らは、本件火災事故で本件建物内の一切の財産、これまで働いて得てきた生活用品、あるいは思い出の品々等を全て失ったのであるから、原告らの精神的苦痛を慰謝するためには、以下の慰謝料が相当である。
(1) 世帯主である原告一志、原告登美江、原告一生 二〇〇万〇〇〇〇円
(2) 原告志麻、原告美智子、原告出 一〇〇万〇〇〇〇円
(六) 弁護士費用 三〇〇万〇〇〇〇円
弁護士費用は、原告一志が三〇〇万円を支払うことを約束しているので、原告一志の損害として請求する。
(七) 合計
(1) 原告一志 一六三二万八〇〇〇円
(2) 原告志麻 一九七万五〇二〇円
(3) 原告登美江 八五六万三〇〇〇円
(4) 原告一生 八九七万八〇〇〇円
(5) 原告美智子 四五七万四〇〇〇円
(6) 原告出 三九六万五〇〇〇円
(7) 原告一星電子 一九二七万二三九〇円
(被告小島商事及び被告小島の主張)
(一) 被告小島商事の損害
(1) 逸失利益 三七六万〇〇〇〇円
被告小島が本件火災事故による軟骨療法による上皮形成化の成功によって退院した後も、直射日光に照らすと危険なため外出できず、二ヶ月間事業を休止せざるを得なかった。このため、得べかりし事業収益金相当額の損害を被った。
(2) 弁護士費用 一五〇万〇〇〇〇円
(3) 合計 五二六万〇〇〇〇円
(二) 被告小島の損害
(1) 慰藉料 一五〇万〇〇〇〇円
被告小島は、不幸中の幸いで、爆死こそ免れたものの、顔面、両上肢、頸部を主とする熱傷のため、無菌室に重篤状態で隔離され、身動きができないように特殊溶液入りベッドに四肢を約二〇日間も縛り付けられ、火傷治療には激痛が伴った。現在は、顔面こそ火傷痕が薄らいだものの、状態には醜痕が残っている。したがって、これを慰藉するには、金一五〇万円が相当である。
(2) 弁護士費用 一五〇万〇〇〇〇円
(3) 合計 三〇〇万〇〇〇〇円
第三当裁判所の判断
一 当事者間に争いのない事実及び証拠(認定事実の末尾に摘示する。)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
1 当事者の関係
(一) 被告平本及び被告平和住建と原告橋本らとの関係
被告平本は、平成二年ころ、被告平和住建が、原告一志、原告一生の父親であり、原告登美江の夫であった橋本正一の土地の売却を仲介したことにより、原告橋本らと関わりを持った程度で、それほど深くつきあったことはなかった(《証拠省略》)。
(二) 被告平和住建と被告小島商事及び被告小島との関係
被告平和住建は、不動産を仲介するに当たり、解体工事や土地の造成の工事を田畑組に頼むことがあったが、その際田畑組の下請けとして被告小島商事がよく来ていたことから、被告平本は、被告小島商事及び被告小島を知っていた(《証拠省略》)。
2 本件ブース及び本件ダクト等
(一) 本件建物
本件建物は、本件火災事故当時、本件土地上にあり、原告登美江が二分の一、原告一生及び原告一志が各四分の一の持分を有する共有建物であった(《証拠省略》)。また、本件プレハブも本件土地上にあり、本件建物の隣に位置していた(《証拠省略》)。
(二) 本件ブース及び本件ダクト
(1) 本件火災事故当時、本件建物一階部分には、別紙図面記載のとおり、本件ブースが存在した(甲四)。本件ブースは、本来的には、原告一星電子の親会社の所有物であり、昭和五五年又は五六年ころに設置されたが、平成三年又は四年以降、使われていなかった(《証拠省略》)。
(2) 本件ブースは、鉄製でボルトにより組み立てられ、その一部が本件建物の外部に、残部が本件建物の内部にあり、内部部分(吹付場)では、コンデンサーの塗装が行われており、内部部分で使用された塗料の紛末が外部部分に飛散しないように、内部部分と外部部分との境には、ペインストッパー及びフィルターが設置されていたが、本件建物の内部との境には何も設置されておらず、本件建物の内部への飛散を防ぐため、本件ブースの外部部分の上部には、排気用モーター及び本件ダクトが接続されており、本件ブースの内部部分から外部部分へ送風できるような仕組みになっていた(証拠省略》)。
また、本件ダクトは、内径約五〇センチメートル、外径約五八センチメートルの円管状であり、本件ブース屋根中央から本件建物の屋根の近くまで延びていた(甲四)。
本件ブース内及び本件ダクト内には塗料や塗料塵芥粉が付着していたが、原告一志は、これらについて清掃等をしたことがなかった(《証拠省略》)。
(3) 本件ブース内の吹付場には、吹付け塗装台があり、本件火災事故後の実況見分によって、その両側にラッカーシンナー用の一八リットル缶が四缶と有機溶剤用の二リットル缶が五缶が認められたが、ラッカーシンナー用缶はいずれも空き缶であり、有機溶剤用缶には残量があったものの、その中身に焼きは認められなかった(《証拠省略》)。
3 本件土地の売買契約
(一) 原告一志は、平成七年二月ころ、原告登美江を代理して、被告平和住建に対し、本件土地の一部(約一九六平方メートル、以下「本件売却対象地」という。)の売却仲介を依頼したところ、横山多可子らが右土地を買い受けることになり、同年四月二二日、原告登美江と横山多可子他二名との間で、売買契約が締結された(《証拠省略》)。
(二) 右売買契約の際、本件売却対象地上には、本件プレハブが存在し、原告登美江と横山らとの間で、本件プレハブを原告登美江の負担で解体させ、更地で引き渡すことが合意されたことから、原告一志は、被告平本に対し、本件プレハブの解体業者の紹介も依頼した(《証拠省略》)。
4 本件プレハブ解体工事
(一) 被告平本は、本件以前にも、不動産売買等の仲介をするに当たり、解体業者の紹介を頼まれたことがあり、その時には、田畑組を紹介していたが、平成七年三月ころ、被告小島の自宅アパートと被告小島商事の資材置場の賃貸借を仲介し、仲介手数料をもらったことがあったことから、お礼の意味を込めて、被告小島商事を原告一志に紹介することを決め、被告小島に、本件プレハブの解体工事を依頼した(《証拠省略》)。
(二) 被告小島は、当初、田畑組を通して発注して欲しい旨述べて、一度はこれを断ったものの、最終的には承諾し、さらに、被告平本から、現場を下見して見積書を出すよう指示されたため、本件プレハブを一人で下見をし、その結果、本件プレハブの解体工事を一〇〇万円前後であると見積もり、その旨被告平本に告げたところ、被告平本からバックマージンとして五〇万円程度上乗せしておくように指示された(《証拠省略》)。
【証拠判断】
被告小島は、平成七年四月下旬以降に、被告平本からバックマージンを上乗せするよう指示されたと供述しているが、その具体的日時及び場所についての供述は、極めて曖昧であり、信用することができない。また、被告平本は、原告一志の目の前でバックマージンを上乗せするよう指示をしたと供述するが、その供述内容は極めて不合理であるばかりか、他の関係者の供述とも符合しておらず、信用できない。
(三) 被告平本と被告小島は、平成七年四月下旬ころ、現場に行き、本件プレハブ前の駐車場で、被告平本が、原告一志に対し、解体業者である被告小島商事の代表者として被告小島を紹介し、被告小島に対し、本件プレハブ解体工事の施主として原告一志を紹介した(《証拠省略》)。原告一志は、被告小島に対し、本件プレハブを解体して欲しい旨述べ、被告小島との間で、本件プレハブ解体工事の工期や費用について話し合い、工事期間を四日程度、工事費用を一五〇万円程度として、その場で、直接、被告小島に対し、本件プレハブの解体工事を依頼した(《証拠省略》)。
【証拠判断】
被告小島は、右日時には、未だ具体的な工事金額が決められておらず、その後見積書を提出したと供述するが、被告小島は、右見積書の内容について、極めて曖昧な供述を繰り返しており、本件記録上、被告小島商事が見積書を作成したことは全く窺われない一方で、原告一志及び被告平本は、右日時に、工事代金が決められたという点について、ともに一致した供述をしているから、右認定に反する被告小島の供述は信用できない。また、被告平本は、紹介した場所、工事代金についてのやりとり、本件解体工事に関する話題等につき、右認定に反する供述をするが、その供述内容は極めて不合理で、しかも一致している原告一志及び被告小島の供述部分とも矛盾しているから、その点の供述は、信用できない。
5 本件解体工事
(一) 原告一生は、当初、親会社である日通工に、本件ブースの解体工事を依頼したが、日通工が右工事を行おうとしなかったため、被告小島商事が本件プレハブ解体工事を行うついでに、本件ブースの解体工事も依頼しようと考え、原告一志に対し、被告小島商事に本件ブースの解体工事を依頼するよう頼んだ(《証拠省略》)。
(二) 原告一志は、本件プレハブ解体工事の初日に、本件プレハブ前の駐車場で、被告小島に対し、本件ブース及び本件ダクトの解体工事を依頼したところ、被告小島は、本件ダクトが高所にあるため、被告小島だけではできないが、アセチレンガス切断機を使える専門の業者に頼んで解体することを告げて、これを引き受けた(《証拠省略》)。
【証拠判断】
原告一志は、被告小島が特に問題なく引き受けたと供述し、また、被告小島は、当初、被告平和住建を通すようにと言ってこれを断ったものの、被告平本から別途で費用は出すからやってほしいと言われたため、止むなくこれを引き受けたと供述し、さらに被告平本は、本件解体工事の話が出たのは、平成七年四月下旬、被告小島商事を原告一志に紹介したときであると供述及び陳述するが、いずれの供述も、原告一志、被告小島、被告平本の他の二名の一致した供述部分と相互に矛盾しているから、信用することはできない。
(三) 被告小島は、本件プレハブ解体工事の二日目に、アセチレンガス切断機を使用して、本件プレハブの屋根の取り外しを行ったが、原告一志は、アセチレンガス切断機の火花が本件プレハブと本件建物の境の階段に設置された屋根に飛んで、屋根が焼けていたことを原告一生から聞いたことから、被告小島に対し、アセチレンガス切断機を使うのであれば、下に塗料の粉が固まったものが付着しているので、燃えやすいから気を付けるように注意した(《証拠省略》)。
【証拠判断】
被告小島は、右認定と異なる供述をするが、アセチレンガス切断機の火花が飛んでいたこと、原告一生がこのことを原告一志に話したことについては、原告一志及び原告一生それぞれ一致した供述をしているのであって、これを前提にして、アセチレンガス切断機を使用するのであれば、気をつけるよう注意したという原告一志の供述も極めて合理的であるから、右認定に反する被告小島の供述は、信用することができない。
(四) 被告小島は、原告一志から本件解体工事を依頼された後、単に本件ブースを外から見ただけで、本件ブース内や周辺の状況について特に調査しておらず、また、被告小島商事が本件ブース及び本件ダクトを切断することを依頼した真田鉄工、その他の下請業者に調査させたこともなかった(《証拠省略》)。
6 本件火災の発生と事後の処理
(一) 被告小島、被告真田、石津重機の作業員、佐藤工業の社員である小島は、平成七年五月一八日午前九時ころ、現場に集まり、まず、レッカー機を使って、先日取り外した屋根を下におろす作業を始め、それが終わると、本件ダクトの解体に取りかかった(《証拠省略》)。
(二) 被告真田は、クレーンで吊り下げられた本件ダクトに、本件建物のベランダから片手を使って登り、残った片手でアセチレンガス切断機を扱って、本件ダクトの切断を始めた(《証拠省略》)。被告小島は、本件ダクトの下方で、被告真田にワイヤーを渡すなどの手伝いをし、佐藤工業の小島は、アセチレンガス切断機から出る火花が他に燃え移らないように、ホースを準備し、散水していた(《証拠省略》)。
(三) 被告小島は、佐藤工業の小島から、本件ブース内の何かに火がついていることを伝えられ、本件ブース内を見ると、中で四角いものが燃えているのに気付いたため、本件ブースの扉から中に入り、これを取ろうと、前屈みになって右手を伸ばしたところ、突然、火が何かに引火し、燃え広がった(《証拠省略》)。
(四) 被告小島は、本件ブースの中から出てきて、火のついたシャツを脱ぎ、本件建物の二階に居た原告一生に対し、消防署に電話してほしいことを告げ、また、同人から消火器を受け取り、消火しようと努め、さらに、本件ブースから出た火が本件建物に延焼しないように、その場にあったパワーショベルに乗り込んで、本件ブースを本件建物から外そうとするなどした(《証拠省略》)。しかし、被告小島らの消火活動の甲斐もなく、本件建物は、そのほとんどが焼失し、屋根・外壁の一部が残存しているだけで、辛うじて建物としての原形を保っている程度になり、その建物の中にあった家財道具等の原告らの所有物、日通工及び友野産業からの賃借機械等が焼失してしまった(《証拠省略》)。
(五) 本件火災事故後、本件ブース及び本件ダクトを見分したところ、本件ブース及び本件ダクト内に付着していた塗料は、焼失し、白く変色していた(甲四)。
(六) 原告登美江は、解体途中であった本件プレハブの残部を解体した田畑組に対し、その工事代金として、一五四万五〇〇〇円を支払った(《証拠省略》)。また、原告一星電子は、友野産業からの賃借機械等が焼失したことから、友野産業に対し、その賃借機械等の価格相当額を賠償することとなり、平成七年一一月三〇日から平成八年一二月二七日まで、合計七五万円を支払った(《証拠省略》)。
(七) 被告小島は、本件火災事故により、顔面、両上肢、頸部熱傷の傷害を負い、上白根病院で、平成七年五月一八日から同年六月六日までの二〇日間入院治療を受け、その後同病院で通院治療を受けた(乙九)。
7 本件火災事故の原因
本件火災事故は、被告真田が、アセチレンガス切断機を使用して、本件ダクトを切断していた際、それにより発生した溶解塊が本件ダクトを通じて本件ブース内に落ち、それが塗料の付着したフィルターにまず引火し、さらに本件ブース及び本件ダクト内に散在していた塗料及び塗料塵芥粉又はその気化物に突然燃え広がったために、生じたものである(《証拠省略》)。
二 争点1(本件解体工事を原告一星電子から受注したのは誰であるか)について
1 前認定のとおり、本件解体工事は、本件プレハブ解体工事のついでに為されたものであるので、まず、本件プレハブ解体工事の契約主体について検討する。そして、前認定によれば、原告一志は、原告登美江を代理して、本件土地の一部の売買契約の仲介を被告平和住建に依頼しており、本件プレハブの解体業者の紹介の依頼もこれに付随して為されたにすぎないものであること、被告平和住建は、いわゆる不動産仲介業者であり、必ずしも、建物の解体工事を請け負う能力があるわけではないこと、原告一志又は原告登美江と被告平和住建との間で何ら請負契約書が作成されていないこと、原告一志と被告小島は、本件解体工事の内容を、直接話し合って決定していること、被告平和住建が本件プレハブ解体工事の費用から、バックマージンを受け取ろうとしていたことは窺えるが、これはいわゆる紹介料として受領しようとしたにすぎず、さらにこのやりとりは、被告小島商事と被告平和住建との間で秘密裏に行われていたことなどを総合すると、本件プレハブ解体工事の請負契約は、原告登美江を代理した原告一志と、被告小島商事との間で直接締結されたものであって、被告平和住建は、単に、被告小島商事を原告一志に紹介したに過ぎないというべきである。
そうすると、本件解体工事が、原告一星電子の代表者である原告一生から本件プレハブ解体工事のついでに本件解体工事を依頼するよう頼まれた原告一志が、直接、被告小島商事に依頼したものであること、被告小島商事においても、これを直接引き受けていること、本件解体工事の内容は、原告一星電子と被告平和住建との間では、何ら話し合われておらず、原告一星電子を代理した原告一志と被告小島商事の代表者である被告小島との間でのみ話し合われて決められていることなどを考慮すると、本件解体工事は、原告一星電子を代理した原告一志を注文者、被告小島商事を請負人として為されたものと言わざるを得ない。
2 この点、被告小島は、金銭的トラブルが生じるなどの理由から、直接、施主から解体工事を受注することはなく、本件においても、被告平和住建から受注したのであって、原告一星電子から直接受注したのではない旨供述するところ、右理由は一般論を述べているに過ぎず、被告平和住建が元請人であることを基礎付ける具体的事実を一切供述していないばかりか、原告一志や被告平本とのやりとり、見積書作成の有無等について、極めて曖昧な供述をしていることからすると、被告小島の右供述は、いずれも信用することができない。
三 争点2(本件火災事故についての責任の所在)について
1 甲事件について
(一) 被告真田及び被告小島の責任
(1) 前認定によれば、本件火災事故は、アセチレンガス切断機使用によって生じた溶解塊が、残存塗料に引火したために生じたものであるところ、被告真田は、アセチレンガスによる切断作業を業としている者であるので、アセチレンガス切断機の使用により生ずる溶解塊が他の可燃物に引火し、火災が生じる危険性があることは熟知していたはずであるから、解体対象物件である本件ブースに可燃物が残存しているかどうか綿密に調査し、溶解塊が引火する可能性のある可燃物を全て取り除いた上で、作業に取りかかるか、あるいは、溶解塊が引火する可能性のある可燃物を全て取り除くことが本件ブースの解体作業にとって現実的でない場合には、他の解体方法を選択すべき注意義務を負っているものと解するのが相当であるところ、本件ブース内に残存している塗料を除去する等の措置を講じることなく、漫然と、解体作業に取りかかり、それにより火災を生ぜしめたのであって、解体業者が当然負うべき注意義務を怠っていることは明らかであり、さらに、被告真田が法令上厳格な資格要件や注意義務を要求されるアセチレンガス切断作業を業とし、ガス溶接作業主任者の資格も有していたことを考慮すると、被告真田には、本件火災事故発生につき、重過失があったと言わざるを得ない。
また、被告小島は、本件解体工事を請け負った被告小島商事の代表者であり、本件火災事故当時、現場の作業を監督し、また自らも右作業を手伝っていた者であって、以前にもアセチレンガス切断機を使用させて、解体した経験があることからすると(《証拠省略》)、被告真田に本件ダクトを切断させるに当たって、アセチレンガス切断機の使用により生ずる溶解塊が他の可燃物に引火し、火災が生じる危険性があることを十分認識していたはずであるから、自ら責任を持って、本件ブースに可燃物が残存しているかどうか綿密に調査させ、溶解塊が引火する可能性のある可燃物を全て取り除かせた上で、切断作業に取りかからせるべき注意義務、あるいは、アセチレンガス切断機を使用しないで解体させるべき注意義務を負っているものと解するのが相当であるところ、何らこのような措置を講じることなく、漫然と被告真田にアセチレンガス切断機を使用しての作業を進めさせたのであって、現場で作業を監督する者が当然負うべき注意義務を怠っていることは明らかであり、さらに、被告小島が、真田鉄工の元請人たる被告小島商事の代表者であり、本件火災事故当時、現場の監督者であったことを考慮すると、被告小島には、本件火災事故発生につき、重過失があったものと言わざるを得ない。
(2) この点、被告小島、被告真田及び被告小島商事は、外見的に見ると、本件ブースは鉄製の箱であり、本件ダクトは排煙用煙突のように見えるから、塗装施設について専門的な特殊の知識経験を有する者において、相当綿密に調査点検しない限り、到底、本件ブースが塗装用ブースで火気使用禁止であることを認識できる形状のものではないし、仮に、残存塗料ミストが付着していることを発見できたとしても、塗装に関する特殊な知識がない限り、右塗料が油性で引火性の危険等級が高い工業用特殊塗料のカスが厚く残存付着していることを発見することはできないと主張し、これに沿う被告小島の供述も存在するが、仮に、外形上、本件ブースが鉄製の箱のように見えたとしても、その解体工事を請け負った者は、本件ブースがどのようなものであるかを注文者又はその関係者に確認することはもとより、自ら本件ブースの内部を調査すべき義務を負っているものと考えられるにもかかわらず、被告小島及び被告真田はこのような調査・確認を何ら行っておらず、また、原告一志又は被告平本から、本件ブースが単なる鉄製の箱だと言われたわけでもないことからすると、右のような認識は被告小島及び被告真田の単なる身勝手な思い込みにすぎないと言わざるを得ないから、外形上、鉄製の箱のように見えたことが、被告小島及び被告真田の責任を軽減させるものではない。また、本件ブース内の塗料を発見したとしても、塗料が危険だと思えなかったとも供述するが、塗料の中には、火気に対し危険性の高いものが存在するということは常識であるし、本件ブース内を調査して、塗料が飛散していることを発見したならば、それが一見して安全なものと認められるものでない限り、当然に、火気を使用しても安全なものであるのかどうかを調査すべき義務があると考えられるにもかかわらず、被告小島はこのような調査を一切していないのであるから、仮に、真実、被告小島及び被告真田が塗料を危険だと思わなかったのだとしても、このことが被告小島及び被告真田の注意義務を軽減させるものでもないことは明らかである。
(3) 以上のように、被告真田及び被告小島には、いずれも失火責任法(失火ノ責任ニ関スル法律)でいうところの重過失が認められるから、被告真田及び被告小島は、失火責任法、民法七〇九条、七一九条により、それぞれ連帯して、原告らに生じた損害を賠償する義務を負うことになる。
(二) 被告小島商事の責任
前認定のとおり、被告小島は、被告小島商事が業務として請け負った本件解体工事につき、被告小島商事の代表者という立場で作業を行い、その結果、本件火災事故を発生させ、原告らに対して損害賠償義務を負ったことは明らかである。したがって、被告小島商事は、有限会社法三二条、商法七八条二項、民法四四条一項により、原告らに対し、生じた損害を賠償する責任を負うことになるが、民法四四条一項における法人の損害賠償義務と機関個人の損害賠償義務との関係は、いわゆる不真正連帯債務と解されるから、被告小島商事は、被告小島と連帯して、原告らに生じた損害を賠償する義務を負うことになる。
2 乙事件
(一) 主位的請求
前認定のとおり、本件解体工事において、被告平和住建は、単なる紹介者に過ぎず、被告小島商事の元請人ではないから、このことを前提とした主位的請求には理由がない。
(二) 予備的請求
被告小島商事及び被告小島は、原告一星電子が、安全配慮義務違反(民法四一五条)、工作物責任(民法七一七条)、注文者の責任(民法七一六条但書)に基づいて、被告小島商事及び被告小島に対し、損害賠償義務を負担すると主張しているので、以下検討する。
(1) 安全配慮義務違反について
被告小島商事及び被告小島が主張するとおり、特定の法律関係に入った者は、当該法律関係の付随義務として、相手方に対し、信義則上、安全を配慮すべき義務を負担することは一般的に認められているところであるが、そのことは、注文者が、当該工事に当たって生じることが予想されるありとあらゆる危険性を請負人に対して告知すべき義務まで負わせるものではないのは言うまでもない。本件においては、前認定のとおり、被告小島商事は、土木工事一般を業とする会社で、解体工事の経験を有する者であり、アセチレンガスによる切断作業を業とする専門の業者を下請に使って、本件解体工事を行っている上、原告一星電子及び原告一志が、殊更に、本件解体工事の安全性を強調したわけではなく、逆に、原告一志において、本件ブースに塗料が付着しているため、気を付けてアセチレンガス切断機を使用することを警告しているのであるから、原告一星電子に、請負契約上の安全配慮義務違反があったと言うことはできない。
(2) 工作物責任について
被告小島商事及び被告小島は、本件ブース内に塗料を付着させていたことが工作物の保存の瑕疵に当たると言うが、瑕疵とはその物が本来備えているべき性質又は設備を欠いていることを言うのであって、塗料を付着させたまま放置していたことが瑕疵に当たると言うことはできないから、被告小島商事及び被告小島の主張は、その理由がない。
(3) 注文者の責任について
被告小島商事及び被告小島は、原告一星電子に、注文又は指図上の過失があると主張するが、原告一星電子が本件ブースの解体を注文すること自体に過失があるとは言えないし、前認定のとおり、原告一星電子は、単に、本件ブース及び本件ダクトを解体する工事を依頼しただけであって、その解体方法を選択したのは、被告小島商事自身なのであるから、原告一星電子に、指図上の過失があったと言うこともできない。
(4) 以上のとおり、被告小島商事及び被告小島の右主張は、いずれも理由がなく、採用することができない。
四 争点3(原告らに生じた損害額)について
1 本件建物
《証拠省略》によれば、本件建物の固定資産税法上の評価額は七〇万六三九〇円であることが認められる。この点、《証拠省略》によれば、昭和の終わりから平成元年ころにかけて、内装費八〇〇万円をかけて本件建物を改修していることは認められるが、その改修済みの本件建物の評価額が七〇万六三九〇円なのであるから、本件建物の価値は、七〇万六三九〇円と評価すべきである。したがって、この額を共有持分に応じて按分し、原告登美江については三五万三一九五円、原告一志及び原告一生については各一七万六五九七円の損害が生じていると算定するのが相当である。
2 原告橋本ら三世帯六名の家財道具一式
家財道具等の動産の滅失による損害額は、本件火災事故当時の当該動産の交換価値を基準に考えるべきであり、購入時の代金額から経年を考慮して減額した価値又は再調達価格に一定の減価率を乗じて算定されるべきであるが、本件は、《証拠省略》により、本件火災事故によって、本件建物内にあった家財道具等の動産が焼失していることが認められるから、明らかに原告橋本らに損害が発生していることが認められるにもかかわらず、事案の性質上、具体的な損害額がどれほどになるかを明確に算定することができない。したがって、このような場合、民事訴訟法二四八条を適用して、裁判所が、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を算定すべきものと解するところ、焼失した家財道具一式のほとんどが生活用品であり、耐用年数はそれほど長くないこと、そもそも原告橋本ら主張の焼失品目、購入額、購入年月も原告橋本らの単なる認識に基づくものであって、その確たる裏付けもない上、原告橋本らの主張を前提にしても購入後五年以上経過しているものが多いこと、一部現金の存在も主張されていることなどを総合すると、原告橋本ら主張額の三割をもってその損害額とするのが相当である。
この点、原告一志らの陳述及び供述以外に何ら損害額を認めるに足りる証拠がない原告橋本らの主張額を損害額算定の基準とすることは、妥当とは言えないとの批判もあり得ようが、損害保険における査定基準たるモデル家庭の標準的評価表や原告らの所得年収など他に損害額算定の基準とすべき証拠が一切提出されていない本件においては、損害額の算定に当たり、原告橋本らの主張額を基準とすることもやむを得ないものと言わざるを得ない。
そして、これに基づき、各損害額を算定すると、その損害額は、以下のとおりになる。
(一) 原告一志 一六七万三四〇〇円
(二) 原告志麻 二九万二五〇六円
(三) 原告登美江 九一万八九〇〇円
(四) 原告一生 一五六万八四〇〇円
(五) 原告美智子 一〇七万二二〇〇円
(六) 原告出 八八万九五〇〇円
3 原告一星電子所有物並びに日通工及び友野産業からの賃借機械等
(一) 原告一星電子の所有機械等
《証拠省略》によれば、本件火災事故により、別紙機械目録記載1の機械等を焼失したことが認められるが、その損害額の算定については、右2の場合と異なり、購入先と購入年月日が正確であるならば、機械等の購入先から購入証明書等の発行を受けることもできる可能性があるから、原則としては、原告一星電子が損害額につき厳格な立証を行うべきであるが、火災による関係書類の焼失により購入先や購入年度についても記憶に頼らざるを得ないことを考慮すると、右2と同様のことが言え、民事訴訟法二四八条を適用して裁判所がその損害額を算定するのもやむを得ないものと解する。そして、その算定方法も、便宜上、右2の算定方法にならうのが相当であるから、原告一星電子が失った所有機械等の損害額は、以下のとおりになる。
原告一星電子の損害額 三八四万二三四〇円
(二) 日通工からの賃借機械
《証拠省略》によれば、本件火災事故により別紙機械目録記載2の機械を焼失したことが認められ、また、《証拠省略》によれば、その損害額合計は、三五三万二八五三円になることが認められる。
(三) 友野産業からの賃借機械及び預かり在庫品
《証拠省略》によれば、本件火災事故により別紙機械目録記載3の機械等を焼失したことが認められ、また、甲第六号証によれば、その損害額合計は、二九三万一七三七円になることが認められる。
4 本件建物の解体、片付け費用等
原告らは、原告一志が、本件火災事故により残存した本件建物の解体、後片付け、廃材の処分等の費用として四〇〇万円を支出したと主張するが、《証拠省略》によれば、本件建物の解体費用として一〇〇万円程度かかることは認められるものの、右金額を超えて費用がかかること、また、実際に、費用を支出したことを認めるに足りる証拠はない。したがって、本件建物の解体、後片付け費用等に相当する損害額としては、一〇〇万円とするのが相当である。
5 慰謝料
本件火災事故により、想い出の品々を含む家財道具一切だけでなく、生活の本拠までも一瞬にして失った原告橋本らの精神的苦痛、さらに、機械や製品の焼失により著しい業務上の障害を被った原告一星電子を経営していた原告一生及びそこで働いていた原告一志の精神的苦痛を慰謝するためには、原告一志及び原告一生については各一〇〇万円、原告登美江、原告出、原告美智子、原告志麻については各五〇万円をもってするのが相当である。
6 弁護士費用
本件火災事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、甲事件の認容額の約一割相当額である二二〇万円と認めるのが相当であり、また、原告一志本人尋問の結果によれば、本訴訟の弁護士費用を原告一志が負担していることが認められる。
7 結論
以上のとおりであるから、原告一志については六〇四万九九九七円、原告志麻については七九万二五〇六円、原告登美江については一七七万二〇九五円、原告一生については二七四万四九九七円、原告美智子については一五七万二二〇〇円、原告出については一三八万九五〇〇円、原告一星電子については一〇三〇万六九三〇円の各損害が生じているものと算定するのが相当であり、被告小島、被告真田及び被告小島商事は、連帯して、原告らに右損害額を支払う義務を負うことになる。
五 まとめ
このように、甲事件における原告らの請求は、その一部につき理由があるので、理由のある請求部分についてこれを認容し、その余の請求には理由がないのでこれを棄却することとし、また、乙事件における被告小島及び被告小島商事の請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法六七条一項本文、六一条、六四条ただし書、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき、同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 末永進 裁判官 高橋隆一 平城文啓)
<以下省略>